天童将棋駒(てんどうしょうぎこま)とは?

武士の内職として行われていた将棋駒作りが、文正13年(1830年)に織田藩が居城を高畠から天童に移管して以来、一緒に天童で始められたと推定されている。 特に幕末の織田藩家老であった吉田大八により、武士の手内職として積極的に奨励されたことが、今日の天童将棋駒作りの基礎となった。 木地には、ホオノキ、ハクウンボウ、イタヤカエデ、ツゲなどを使用する。工程は、駒の木地を作る木地工程と出来た木地に駒文字を入れる仕上げ工程に大別される。

主要地域: 山形県 天童市・山形市・村山市








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